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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
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大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品 | ||||
商品説明(来歴) | 大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。影宋本 備急千金要方(千金方)孫思邈 医学書(複製)和綴じ本(和本)35冊揃 昭和49年 限定500部 タトウ箱 毎日新聞社 専門書 s22042403。楽翁 松平定信書幅。 | |||
漢詩文 | 原本自筆上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来するものです。【洛座】明清名家書法大成 全八巻 本 初版 1993 定価 126,000円 <古本 呉昌碩 王鐸。f24022007〇証印税金差出帳 能筆 明治新政府事業の一環新潟県が率先 地券証 新潟県 県令 楠本正隆 明治6年 越後国蒲原郡夏井村 現北蒲原郡。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。紫式部は「若菜・下の巻」を書くに際し、漢詩を熟読したうえで原文を書いていることがわかります。f240502004〇彩色木版画 広重 富士三十六景 東都佃沖 東京都中央区佃 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。続近世畸人伝■和本■全5冊揃い■落丁なし■三熊花顛■伴蒿蹊■寛政10年(1798年)刊■続近世奇人伝。 | |||
漢詩の落款の意味 | 原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。f24050701〇東雅 新井白石 目録共全5冊 和装活字本 明治36年 日本語の辞書 語源解釈を主に扱う〇和本古書古文書。竹久夢二木版画装『中山晋平作曲 新作小学童謡』(2冊セット=第1,3編) 昭和2-3年 京文社刊。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。岩垣松苗・菊池純(菊池三渓)編『国史略』(全十五冊揃)明治11-13年 藤井孫兵衛刊明治時代和本 日本史。f240502032〇彩色木版画 広重 富士三十六景 甲斐犬目峠 山梨県上野原市 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。獨鶴(知影)著 岡崎元軌序『独鶴詩集』(全2冊揃)文政7年刊 京都光隆寺の僧知影の漢詩集 江戸時代和本 本願寺派資料。即決1857年安政4年『仮題 鯰絵暦指南書』陰陽師アンティーク天文暦学書、暦指南、八卦、卜占、江戸期和本、 Planisphere, Celestial atlas。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、 「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 書状 小笠原 古文書 書状。書簡 小川芋銭 富取風堂宛て 古文書。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。軍事的に見た欧州情勢 昭15 日本外交協會秘密文書 ガリ版 旧日本軍 大日本帝國海軍太平洋戦争空軍海軍航空隊軍艦兵法戦自衛隊戦前NY。送料込み、1727年刊。江戸時代の和本「田舎荘子」全4巻、江戸中期の滑稽本、著者は佚斎樗山。新居帖 全4冊◆頼山陽、桃花庵、明治9年/u167。 出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。C61-063 大岡仁政録 八 九 全体的に汚れ・折れ多数有り レトロ。二大漢籍国字解 全12冊揃/早稲田大学出版部/92823。 古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。清水了随纂輯『油断大敵 一名心のせめ 全』明治12年 思誠堂蔵版/うさぎ屋誠刊 狂歌集 明治時代ボール表紙本。古文書 太政官日誌 明治2年 第11号~17号 7冊まとめて。 | |||
断層(MRI)写真 | 従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。扶桑蒙求 岸鳳質 天保14年 李澣 幼学書 寺子屋 尋常小学校 世話千字文 和漢朗詠集 検) 戦前明治大正古書和書古文書写本古本 NY。Y3B3-240517 レア[千字文]。 | |||
寸法 | 「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。[R0419-020] 増補名物錦繍類纂 着物 デザイン 図集 明石染人 狩野秀峯 平安堂 京都。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 毛利 古文書 書状。 | |||
「源氏物語」の自筆について | 1・筆跡の分析について 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。 一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。導水瑣言 岸田吟香自筆書寫本(二五歳) 楽善堂主人寫 安政五年春三月寫。矢谷房子編『婦女手紙の文』明治37年文陽堂刊 明治時代和本 女性向け書簡例文集。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。 2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について 自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。小堀遠州自筆書状幅 永井尚政宛。和本「毛詩鄭箋標註・詩經古註標註」全20巻合本5冊揃 天明6年(1786) 江都東山先生/訂正 中国最古の詩篇 儒教 経典 (江戸。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。 「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。葛飾北斎絵「三七全伝南柯夢」曲亭馬琴/滝沢馬琴 著 鶴声社 明治17年 表紙裏に木版口絵入り 81丁 ☆和本読本戯作 B24yn。富岡鉄斎題字『能楽装束文様大観』彩色木版画12枚入 明治時代末に刊行された能装束作品集 お能。 3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について 近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。尾張志・8冊/尾張藩最初の藩撰地誌・張州府志をもとに国号・御城・郭内外市井・産物・神社・城跡・川橋・人物・寺院・古跡などを収録。劉向列女伝。母は後水尾天皇皇女女二宮。実母は近衛家女房(瑤林院)。ジャングルブック 菊地寬編。五本亭万羽編『八雲拾遺 高根五歌仙 全』文化9年序刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳句 成田蒼句収載。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。井沢蟠龍『続本朝俗説弁』(全3冊揃)寛永5年 茨木多左衛門開板 江戸時代和本 肥後熊本藩士で山崎闇斎に師事した神道家・国学者。渡辺直之編『新撰はうた部類』明治14年丸山幸次郎刊 俗謡 端唄歌詞集 明治時代和本。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。ykbd/220527/p60/A/100★古書 詩書古伝 1~34巻 12冊 太宰弥右衛門(春台) 嵩山房 宝暦8年。一品経和歌懐紙・2冊/佐々木信綱/昭和14年/ここに印行せる一品經和歌懷紙は二首懐紙にして一首は法華經の各品を分ち一首は述懐を題とせり。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。 ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。学問ノススメ 九編 ベストセラーランキングです近くの売り場の商品カスタマーレビューオススメ度 4.4点 現在、3454件のレビューが投稿されています。 |
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 毛利 古文書 書状。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。吉田松陰『鴻鵠志』明治2年 河内屋吉兵衛刊 明治時代和本 鴻告志 漢文集 漢学。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。【古書】俳諧鴨東新誌 まとめて 明治期 俳句 不揃い 100号台 関連冊子付き 上田聴秋 近代俳句 京都俳談 資料 古文書 和書。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。f240502017〇彩色木版画 広重 富士三十六景 相州三浦之海上 神奈川県三浦市 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。暢寄帖 三十六峰外史墨蹟 全3冊◆頼山陽、長門蔵版局、明治2年/u166。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。川越藩(前橋藩)前橋御陣屋絵図。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。【洛座】王羲之彙帖大観 10冊 揃い 于右任題 呉昌碩 < 煎茶道具急須中国古美術中国古書漢籍書道碑法帖。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。近江彦根藩領出流原村古文書●嘉永6年 御巡見ニ付御用向御窺之覚と人足数 8丁 藩主井伊直弼⑩ 下野国安蘇郡 現在の佐野市 231015。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。日本橋浮名歌妓 校閲:伊東橋塘 編輯:山田春塘(山田伊之助) 明治17年 滑稽堂★Hi.42。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。済斎詩鈔・乾坤/山田準・山田済斎・明治-昭和時代前期の漢学者/非売品/昭和15年/山田方谷の孫娘と結婚・陽明学研究の王学会を主宰/和装本。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。0033694 写本 経済録 全5冊(10巻)揃 太宰春台 享保14年序。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。『古文書・中山大納言様上書ほか』肉筆写本 中山忠能 幕末の公家宮中政治家。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 八張弓 弓之惣 太平弓 一番太平弓 大刀雄之明神 古文書。
自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。【明治32年 富岡永洗木版『新婚旅行の図』付き 旅行案内 日用百科全書 第14編 大橋又太郎 編 博文館 検】芸術美術古写真古書歴史資料骨董。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。南磨綱紀編『内国史略』2種セット 明治時代和本 日本史書 銅版画地図入 古地図。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。オリュンポス ねじまき少女 恐怖の存在 キルンピープル クラーケン 宇宙飛行士ピクルス物語 ハヤカワ文庫 17冊セット 送料無料。
自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。f240502003〇彩色木版画 広重 富士三十六景 東都数奇屋河岸 東京都中央区 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。【難あり】『国菓図鑑 限定五百部』/昭和10年/寺田一夫/西宮書院/Y11422/fs*24_4/34-05-1A。かの大將と、もろともに、
見入れて、舞の童への、用意・心はへ、よく加へ給へ。写本 駒田隼人恨晴秘録 宝暦11年 武術活劇 武士 検)歌舞伎浄瑠璃江戸時代古書和書古本古文書 NS。》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。工藤左衛門冨士日記 作者竹田出雲 享保一三年初演。
ですから、今のお話のようにいっさいをお捨てになったようですけれど、
静かに》・・・・・お聞き入りあそばすとなれば、かえって今のほうが
こちらでも気をつかわないではいられないように思うのです。山内香雪鉤纂『本朝名家手簡』(6冊)天保12年跋 天寧閣蔵板 江戸時代和本 服部南郭 伊藤東涯 新井白石 貝原益軒 千利休 狩野探幽 白隠ら。
衛門督(柏木)は、大殿(源氏の君)の話しにうれしくは思うものの、
つらくも気づまりにも感じられて、何も申しあげられない。唐衣橘洲『狂歌初心抄 完』寛政2年序 耕書堂刊 江戸時代和本。》
備考1・柏木と女三の宮の密通を藤壺中宮と自分(源氏の君)と重ねて合わせて、恋ゆえに避難することができないと悟る。5 古文書 模写 写し 写本 千葉県令 申上書 市町村 沿革 明治維新 肉筆 木更津 江澤潤一郎。
備考3:冷泉天皇は桐壺天皇と藤壺中宮の皇子としているが実際は源氏の君と藤壺の皇子。f240502011〇彩色木版画 広重 富士三十六景 鴻之臺戸根川 千葉県市川市国府台 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。大日本法律規則類編 上下巻セット 明治19年 戦前 法律法学 六法全書 明治大正 古書和書古本 P。
《若菜・下》
可以静心听,在一定更加好音了。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 書状 古文書。”度非常切。f240502025〇彩色木版画 広重 富士三十六景 東海堂左り不二 静岡県富士市依田橋 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。后来好容易脱身而出。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 毛利 古文書 書状。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。ちりめん本 日本の芝居 寺子屋・朝顔 Japanische Dramen Terakoya und Asagao 独語 長谷川武次郎 カール フローレンツ。正式な名は伊達貞子。頼山陽『校刻日本外史』(全12冊揃)明治18年 大日本帝国海軍軍艦・富士山艦旧蔵書(印記「富士山艦印」)明治時代和本。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。【昭和49年覆刻・限定500セット「古文書時代鑑(上)」】東京大学史料編纂所編/定価20万円/。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。ボール表紙本。。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)
「源氏物語」「若菜・下の巻」絵図、茶室関係資料
下記写真1番目は、「源氏物語屏風(若菜・下)」(源氏物語絵巻)
朱雀院(前朱雀天皇)の五十の賀を祝い女三の宮、紫の上、明石女御が演奏する「女楽」の有名な場面
上の女性三人のうち右から紫の上は和琴、明石の女御は箏、女三の宮の琴。江戸時代 和書『磐溪小稿』 大槻清崇 紫薇園蔵 文政10年 1827年。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。厩馬新論 卑牧子較評。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。ビンテージ 当時物 修養全集 処世常識宝典 11 大日本雄辯會講談社 昭和四年発行 中外印刷 非売品 レトロ 希少書 アンティーク 古書。また、原文中の上部に「篆書(てんしょ)体」の落款を入れたのは、仙台藩の藩主の正室・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)、通称伊達貞子か出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)のいずれかと推定されております。奥村玉蘭 筑前名所図会 全10冊 プラス解説本 家蔵本。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。古文書 書簡 横山大観 書簡3通 宮坂捲雄宛 封筒付き 日本画 歴史資料 (レターパックライト発送)。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。即決 天文暦学書、明治期和本1898~1912(明治30~45)年15冊合冊『太陽暦 略本暦 おばけ暦』八卦、卜占、陰陽師 、二十八宿、略本暦。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。近世木活字本 渋井徳章記 近藤忠質訳『責而者艸 前編』(4冊=巻七~十)江戸時代和本 歴史随筆集 史書。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。光琳百図 亀田鵬斎序 谷文晁序 酒井抱一編 2冊 前編後編 博文館。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。村田峰次郎編「長周叢書」12冊セット 明治24-25年 稲垣常三郎刊 明治時代和本(和装活字本)防長関係文献 周防国 長門国 山口県郷土史料。幼名は多治丸。1947年 初版 江戸建築叢話 検索:江戸城 諸門 城門 大岡越前守 奉行所 職制 絵図 絵本 製図 藍図 江戸橋 品川宿 遊郭 女郎 花街 外郎屋 茶屋。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。日本上代の甲冑/末永雅雄/昭和19年/古墳出土の甲冑の資料の復原研究を行いその実態たる甲冑の推移過程を考へ考古學上の位置を正そうとした。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
源氏物 Yunsh wy 典的 Jngdin de不昧公 公卿 肉筆 保障 保証 真筆 真筆 親筆 古筆 本物保証 本物保障 室町 掛軸 掛け軸 自筆 天皇 茶道具 宗鑑 良寛 伝来 歌仙 極め 極札 極め札 鑑定